山鳥重:ヒトはなぜことばを使えるか 脳のふしぎ.講談社,1998

「動物の心の動きは行動(運動)に現れる。行動は決して特定の刺激に対する反応ではない」(p.6)

失語症の症状はそのような複雑に入り組んだ、脳・心・ことばの関係を探る貴重な窓である。有機体たる人間は、自分の脳が損傷し、その結果出現した心や言語の歪みを、懸命に修復しようとする。それは生物の存在をかけた闘いとも見える」(p.6〜7)


クールの研究:
6ヶ月の幼児に母語にある音素を連続的に変化させつつ聞かせる。音が別の音に変わったと思ったときに玩具の方をみるようにする。
結果
6ヶ月の幼児は喋りはじめていないが母国語の単位音の変化のみ反応。他国語の音韻変化に反応できなくなりはじめていた。
(Kur PK,Williams KA,Lacerda F,Stevens KN,Lindblon B:Lingustic experience alters phonetic perception in infants by 6 months of age.Science 1992;255:606‐608/p.21)


「音韻として心に表象することは、音韻として心で発音していることでもある。声にはせず、口も動かしていないが、閾値下で発音している。この意味で、言語に限ればの話だが、知覚は即運動である。概念的には知覚と運動は切れているが、心理表象としては切れていない。知覚運動感覚の総合として、音韻は成立するのである」(p.24)


音韻ループ、聴覚性言語性短期記憶
音を表象するため「脳は音韻系列を音韻処理システム内で反響させる」(p.26)


生成文法論:
文法能力は生来のもの、成長につれて顕在化する
よって文法能力は、人類共通の法則をもつ
説)文法なし→意味伝わらない→よって文法こそが言語の本質、ヒト特有、ヒトの脳にもともと内存している
(p.37,38)



言語表現の三重構造
言語受容→

社会的脈絡判断

意味生成

音声生成

→言語表現
(p.51)


失語症

「音より語の方が構造が複雑で、語よりセンテンスの方がさらに構造が複雑である。構造が複雑なほど、理解しにくく、構造が簡単なほど、理解しやすい」
(p.74)

例外として、あるタイプのことば(単語でなくセンテンスでも)だけ理解できる現象がある。



失語症の分類

1.表出障害型対受容障害型
表出性失語:ブロカ失語、伝導失語、超皮質性運動失語、失名詞失語など
受容性失語:ウエルニッケ失語、超皮質性感覚失語、語義失語など
2.音韻障害型(復唱障害型)対意味障害型(復唱保存型)
音韻性失語:ブロカ失語、伝導失語、ウエルニッケ失語など
意味性失語:超皮質性運動失語、超皮質性感覚失語、失名詞失語、語義失語など
(p.91)


「言語機能はまたその記号的構造を反映して、音韻系が主として障害される場合と、言語性意味構造が主として障害される場合とがある。音韻系が主として障害されるのが復唱障害型失語であり、意味系が主として障害されるのが復唱保存型失語である」(p.100)



「ウエルニッケ領域の範囲は研究者によってかなり違うが、どの学者の推定でもブロードマンの22野後方は共通して含まれている」(p.110)

言語音の照合過程
×
単位音→単語音


「まず音声のある時間的かたまりが、全体として知覚され、その知覚されたかたまりがセンテンス、ついで単語、さらに構成単音へと、同定されてゆく。分析の過程はあくまで全体から部分へと流れる」
(p.110)


縁上回(ブロードマン40野)
「この領域が壊れると、単語やセンテンスを生成する際に、強い困難が生じる。必要な構音素群を喚起し、その構音素群を正しく配列することができなくなるためである。この困難は音韻性錯語となって現れる。単語の音韻輪郭は把持されているが、その輪郭を必要な単音で充填できなくなる。これが伝導失語である」(p.112)


環シルビウス溝言語領域
「言語優位半球ウエルニッケ領域、縁上回、中心回下方はすべてなんらかのかたちで音韻処理にかかわっている領域」(p.113)

この領域は「音韻ループあるいは言語性短期記憶の基盤を作っていると考えられている。この領域の損傷は失語症を引き起こすため、そんな状態で言語性の記憶を検査しても、はたして記憶を検査しているのか、言語能力を検査しているのか方法的に鑑別できないところがあり、議論にあいまいさを残してはいるが、PETなどの機能画像による研究では言語性短期記憶過程で縁上回(40野)あるいはブロカ領域(44/45野)の活動が増加することが認められている」(p.113〜114)



ブラークの研究
連合野にて、皮質第三層の大錐体細胞の中に、リポフスチン顆粒(色素)を大量に含む部位がある。この細胞の密集しているところは脳のあちこちにある。
「中でももっとも注目すべきは、ブロカ領域の後方、中心後回の下方、下頭頂小葉のうち縁上回全部と角回の前方、さらに聴覚一次領域の後方の上側頭回後方(ウエルニッケ領域)であるという」(p.115〜116)
ただし「この領域自体は言語の意味生成にはかかわっていない」(p.116)


意味処理

「語義失語は言語優位半球の側頭葉に損傷が生じたときにもっともよく認められる。それも側頭葉の前方から後方へ、下面から上方へと、大脳皮質の変性が徐々に拡大進行する疾患でみられることが多い」(p.118)
ただし障害されるのは単語(語義)であって、対象の意味(意味記憶)ではない。
単語の説明はできないが、それ自身は使うことができる。

「言語の音韻形に対応する意味表象、それも視覚要因の強いものが言語優位半球中側頭回を中心に構造化されている可能性は充分に高いと考えられる」(p.120)

角回(ブロードマン39野)を中心とする領域の病巣、「身体部位を示す単語(メ、オデコ、アゴ、クチなど)の意味や、自分を中心とした空間関係を指し示す単語(ヒダリとミギ)の意味が理解できなくなる」(p.120)

さらに「建物の構造部分を表す単語(テンジョウ、ユカ、カベなど)の意味に混乱が起こることがある」(p.120)

ルリア、「頭頂葉損傷では空間関係に置き換えないと分からない単語(たとえばオジ、オバ、イトコなど)の意味理解が低下すると述べている」(p.120〜121)



言語領域

「環シルビウス溝言語領域の音韻システムと環・環シルビウス溝言語領域の意味システムが協働して言語が生成される」(p.131)





「プロソディ障害、多弁、言語性病態無認知など、いわゆる非失語性の言語症状は、すべて右半球損傷でみられる異常である」(p.133)



言語表現

「まず非言語優位半球の全脳の活動があり(状況の判断、思想の発生)、ついで環・環シルビウス溝言語領域が働き(具体的な言語的思想の発生)、最終的に環シルビウス溝言語領域が働く(音韻形式の実現)」(p.134)



言語理解

「まず相手の言葉が発せられた状況全体(文脈)の理解があり(全脳、とりわけ非言語優位半球の働き)、ついでそのセンテンスの意味がおおまかに理解され(言語優位半球環・環シルビウス溝言語領域の働き)、ついで単語列の音韻形が分析され(環シルビウス溝言語領域の働き)、正確な理解が完成する」(p.134〜135)

「全失語症患者はことばの記号的意味は理解できないが、記号周辺的な意味、あるいはことば全体が運ぶ輪郭的意味とでも呼ぶべきものは受けとることができる」

例)
相手のことばが要求を意味しているかどうか
日本語で話しかけられているのか、他国語で話しかけられているのか