菊谷武編著「介護予防のための口腔機能向上マニュアル」2006,健帛社②

医療モデルにおいては,プログラムの効果として,後に述べる機能の評価において向上がみられ(例えば,RSSTの回数が増加したなど),その結果,摂食・嚥下障害が軽症化や治癒に向かったということが求められる。一方,生活機能モデルにおいては,機能評価において向上を示した事実よりも,介入の結果,「食事がおいしく食べられ,楽しい生活が送れるようになった」などといった,生活に根ざした結果が求められる。

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口腔機能向上訓練にあたって下記の要件等を満たす場合においては,参加者の訓練の実施を中止すべきである。
① 介護認定において要支援,介護度1と認定された人の原因疾患は,脳血管障害,パーキンソン病などの脳疾患,転倒・骨折,関節疾患,高齢による衰弱であり,偶発的な転倒による骨折や頭部外傷,心筋梗塞狭心症などの虚血性心疾患,脳血管障害の発生のリスクも高いことから十分な注意が必要である。
② 訓練開始にあたり当日の体調を十分聴取し,本人が健康不安を訴える場合やバイタルサイン(血圧や脈拍など)の評価の結果,問題ありとされた人には,当日のプログラムの参加を躊躇なく中止すべきである。
③ 整形外科的疾患(頚椎症など)で首の前後屈運動などが禁止されている人には,頸部の運動訓練を行わない。
④ 小脳症状をもつ疾患(脊髄小脳変性症など)をもつ人には,首の旋回運動や後屈運動によってめまいを生じることがあるので行わない。

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食事時間
摂食・嚥下機能が低下すると食事時間の延長がみられる。一口量の減少に加え,これを嚥下するために数度の嚥下を繰り返す必要に迫られることなどが原因となる。食べる際の注意の集中と持続の低下が原因となることもある。食事時間の延長は疲労の原因になり,誤嚥や窒息のリスクが高まる。嚥下機能や咀嚼機能に合わせた食形態が提供されているか検討する必要がある。

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高齢者の約40%が口腔乾燥感やこれに関連した症状を自覚しているといわれている。一般に加齢による唾液分泌量の減少がこれらの訴えにつながっているとされていたが,一概に加齢によって唾液分泌量が減少するとはいえないようである。
(略)
すなわち,高齢者における唾液分泌の減少は,服用薬剤や咀嚼障害による修飾を受けること,特に,咀嚼する際に分泌される咀嚼刺激唾液は咀嚼障害の影響を受けること,さらに,高齢者が安静時に訴える口腔乾燥感は安静時総唾液量の多くを占める顎下腺の分泌量低下と口蓋の乾燥が原因である可能性が大きい。

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正常な歯列を有する人の咀嚼をする能率を100とした場合,1歯欠損した人の場合その能率は約半分に低下し,多数歯欠損(2〜7歯の欠損)を示す人の場合,7割近く低下することがわかっている。また,総義歯装着患者の咀嚼能率は,わずか35.9%であったという。意外に低い値であることに驚かれるであろう。この結果,歯の欠損ととおに,かむことができない食品はかたいものを中心に多くなり,喪失歯が8歯を超えると,急激に増加することが明らかとなっている。また,歯の欠損が多くなると,野菜や肉類などを食べにくくなるために,食物繊維やビタミン類,鉄の摂取量が低下することが多くの研究で示されている。

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