有田秀穂:「笑い」と「泣き」の生理学的背景.OTジャーナル41:14-23,2007

 前頭前野への入力は頭頂・側頭葉の連合野から視覚性・聴覚性情報として伝達され,前頭前野で笑いの認知的判定が下されると,その出力は,運動野を介するのではなく,線条体扁桃体辺縁系を介して,笑い声や表情を形成する脳幹の中枢へと送られる.

 笑いの回路には2つの独立したものが存在する.1つは,先天的,情動的な笑いを担う回路で,古い脳である帯状回前部が中心的役割を果たす.もう1つは,後天的,認知的な笑いを担う回路で,前頭前野が指令を発する.
 笑いの出力回路は,最終的に脳幹の笑い声や顔面表情を担う中枢に達するが,その途中に小脳が介在して,笑い発現を状況に合わせて微調整する役割を担っている.


 涙腺は,脳幹の上唾液核から顔面神経を介して,副交感神経性の制御を受ける.すなわち,涙が流れるときには,自律神経のバランスは副交感神経側にシフトしていることになる.


 一般にストレス状態は,交感神経の緊張が非常に亢進した状態であり,短期的には,交感神経アドレナリン系の活動亢進であり,長期的には視床下部・下垂体・副腎皮質軸(HPA軸)の賦活が認められる.他方,号泣状態では,自律神経のバランスが一時的に副交感神経優位の状態にシフトしていることになる.すなわち,号泣は,ストレス状態にある脳(交感神経緊張状態)を一時的にリセットさせる効果が期待される.



 泣きのビデオの前後で,POMS心理テストを実施すると,混乱および緊張・不安の尺度が改善した.これは,自覚的には「スッキリした」という気分によく対応するものと解釈された.

 笑いは,スッキリ感というよりは,元気にするという,ストレス緩和に対する質的な違いが推測された.