菅野倫子,藤田郁代,橋本律夫,伊藤智彰:失語症における構文理解障害のパターン―左前頭葉病変と左側頭葉病変例の比較―.神経心理学21:243-251,2005

要旨:構文理解にはすくなくとも統語解析と意味解読が必要といわれるが(Saffran,2001),その脳機構は明らかではない.我々は構文理解障害を呈した左前頭葉病変例及び左前頭葉病変例に文容認性判断検査を実施し,助詞を逸脱文と語彙逸脱文,及び単文と複文の違いが容認性判断に及ぼす影響を検討した.その結果,左前頭葉病変例は助詞逸脱文の判断が困難であったが,語彙逸脱文の判断は良好であった.左側頭葉病変例は助詞逸脱文と語彙逸脱文の判断が共に困難であった.全症例で単文と複文の違いは判断成績に影響しなかった.結果より,左前頭葉が助詞の処理,左側頭葉が文中における語の意味処理に関わることが示唆された.



構文理解過程
(p.243,244)

 例えば「女の子が男の子を追いかける」では,始めに「女の子」や「男の子」が[+生物]の意味素性(semantic feature)を持つ等の「単語の意味解読」が行われる.さらに「女の子が」,「男の子を」が名詞句で文の主語と目的語を担い,「追いかける」が動詞句で述語を担うという「統語解析」が行われる.次いで,助詞を手掛りに動詞が選択する意味役割(semantic role)を名詞句に付与し,「女の子が」が[動作主],「男の子を」が[対象]であるという「意味解読」が行われる.なお一連の処理は作業記憶を必要とする.この構文機能に関わる脳部位は,健常者の脳機能画像法から統語解析に左下前頭回の活性化を認めるとする報告(Friederici,2000)の一方で,左前頭葉には活性化を認めないとする報告(Dronker,1994)もあり,統一した知見は認められていない.従って画像研究と共に脳病変例の言語症状分析からも構文理解の障害特徴を検討する必要がある.