酒井邦嘉:言語の脳科学.中央公論新社,2002

第3章「モジュール仮説―言語はどこまで分けられるか」

(p.64)
 意味論の古典的な考えは、「外延(extension)」と「内包(intension)」を区別することである。外延とは、ある意味(概念)の適用できる要素の範囲のことである。例えば、動物の外延は、魚や鳥、獣、そして虫などである。一方、内包とは、ある外延の要素が持っている共通の性質のことである。例えば、動物の内包は、感覚と運動の神経機能を持った生物である。だから、単語の意味とは、内包そのものである。
 しかし、助動詞や接続詞のような「機能語」にはもともと意味がないので、外延もなければ内包もない。外延も内包もないような単語もあれば、「酔う」の例のように、実際には内包を決めるのが難しいことも多い。


(p.86)
 ウィリアムズ症候群における言語能力と一般の学習能力の解離は、言語機能のモジュール性の一つの証拠として考えられてきた。最近になって、二、三歳のウィリアム症候群の幼児を対象とした行動実験で、数の認識は正常なのに、言葉に対する反応に異常が見られることが報告された。ウィリアムズ症候群の大人では、言語ではなく数の判断に重い異常が見られるので、幼児ではちょうど逆の障害を示すことになる。従って、ウィリアムズ症候群では、モジュールによって発達過程が異なるという可能性が出てきた。つまり、言語は遅れて発達し始めるが正常に近いレベルまで達するのに対して、数の認識は正常に発達し始めた後で発達が進まなくなる。