岩村吉晃:タッチ<神経心理学コレクション>,医学書院


大性感覚の定義は,最も狭義の身体感覚に相当し,「身体の表層組織(皮膚や粘膜)や,深部組織(筋,腱,骨膜,関節囊,靭帯)にある受容器が刺激されて生じる感覚」です。
P.5

Gibsonは,「知覚システムとしての感覚」という著書のなかで,感覚をアリストテレスに始まった五感に区分する考え方は不十分であるとしました。固有感覚が含まれないことと,もっと重要なのは五感が受身でなく能動的に働く時に起こるある種の体験が含まれないこと,などがその理由でした。
P.17

マイスナー小体(RAⅠ)は2〜9本の神経に支配されています。接触した物体のエッジの鋭さ,点字のようなわずかな盛り上がりなどの検出に優れています。メルケル細胞(SAⅠ)は垂直方向の変形によく応答し,皮膚に接触した物体の材質や形を検出するのに適しています。パチニ小体(RAⅡ)の受容野は大きく,手のどこかに加わった刺激にも応答するほど感度がよい受容器です。その興奮は振動感覚を起こします。ルフィニ終末(SAⅡ)は受容野の境界があまり明快でなく,四肢の長軸に沿って細長く,局所的な圧迫に応じるほか局所的あるいは遠方からの皮膚の引っ張りに応答します。
P.27

運動感覚には,①四肢の動きの感覚(sense of movement),②四肢の位置の感覚(position sense),③筋の力の感覚(sense of muscular force),努力感(sense of effort),重さの感覚(sense of heaviness)などがあります。
P.32

マッハ(E.Mach,1838〜1916)は脳卒中になり,運動麻痺が起こると努力感が増すことをみずから体験しました(1886)。
P.32


疲労により,力を一定に保つのが困難で,重く感じる理由は次のようなものです。
疲労は神経筋接合部より抹消で起こるので,力を維持するには,より多くの運動単位を動員しなければならず,より多くの中枢指令が必要になる。
② 増加した努力は他の筋にも広がる。
疲労時には随意収縮による筋紡錘の発火が減り,これによる運動ニューロンへの促通が減少する。
④ 細い筋神経(groupⅡ,groupⅢ繊維)の感受性が増大し,運動ニューロンはこれによって抑制される。
⑤ 筋の痛みを起こす神経が疲労感を信号化する可能性がある。
 こうして筋の収縮,弛緩の割合が減少,すなわち筋の働きが悪くなり,関節位置のマッチングが変動しやすくなり成績が落ちます。そしてやる気がなくなり,注意力が落ち,震えが起こるのです。
P.41

彼は大脳皮質が,感覚投射繊維を受容する部分(投射野)と受容しない部分に分かれていること,成熟の過程で感覚投射野の繊維がより早く髄鞘化し,これが近接領域に送りこまれること,近接領域からは,やがて対側へ交連繊維が送りこまれることなどを見出し,感覚投射野に近接し髄鞘化の遅い皮質部分を連合野と呼びました。
P.61




大脳皮質の再現地図は,注意,痛みなどによって影響を受けることが分かりました。

P.89

再現地図に現れるこれらの変化がどんな神経機構にもとづいているかもいろいろ議論されました。短時間で起こる変化は,すでに存在する神経支配が側方抑制機構によって互いに抑制しあっていたはずのものがはずれて顕在化したと考えられます。

P.89

長時間かかって起こるものには,長期増強(long−term potentiation:LTP)などのシナプス伝達の強化,神経軸索側枝の発芽などの可塑的な機序があると主張されました。

P.89

皮質再現地図の再構成の問題は,学習や記憶の仕組みとの関連性で興味がもたれているのですが,抹消神経切断で地図に変化が起こるとしてもこれは異常な事態であり,学習や記憶と一緒にこれを脳の可塑性の問題として扱うのには強い批判があります。

P.89


痛みに関係する大脳皮質部位は広範囲にわたり,第一,第二体性感覚野,島,帯状回,さらに頭頂連合野(下頭頂小葉,7b野),前頭前野内側部,補足運動野などが痛みに関係あるとされています。これらの領野は互いに結合してネットワークを構築し,痛み刺激の引き起こす多彩な脳活動にかかわっていると考えられます。

P.101


島の電気刺激により,内臓感覚,異常な体性感覚,恐れの感覚などが起こることが報告されています。一方,破壊では,痛み刺激あるいは威嚇に対し過剰反応するなどが知られています。この領域は扁桃核などの辺縁系に投射しますから,ここが痛みの記憶に重要である可能性があります。

P.105

PETによる実験で,熱痛覚刺激,エタノールの皮内注意で島の血流増加が報告されました。振動刺激と比較した時,痛覚刺激に特異的な血流増加は,島の前部(disgranular subdivision of insula:Id)でのみみられました。慢性痛でも島の前部に血流増加がみられました。最近,島に投射する視床核としてVMpoの存在が報告されています。

p.105

帯状回を切除された動物は,足への電撃刺激をうまく回避することができず,前帯状回は,痛覚の回避学習に不可欠であると結論されました。ラットの前頭葉内側部破壊で,熱板からの逃走行動に障害が起こったことから,この部位が侵害刺激と逃走行動を統合するところであると推測されました。
帯状回はその扁桃核との結合関係からみて,侵害受容,とくに熱刺激とそれにからむ記憶,刺激の意味づけ,注意,そして,情動行為,自律系活動,逃走行動などの運動コントロールなど広い範囲の機能に関係するのでしょう。

P.107


温冷グリルを使って灼熱感(錯覚)を体験させた時にも前帯状回に血流増加がみられたそうです。侵害刺激が加えられなくても主観的に痛みを体験すれば中枢が働くということで大変興味深い観察です。

p.108

PET研究で,飢えは視床下部と島,そしていくつかの辺縁皮質,傍辺縁皮質(前頭眼窩皮質,前帯状回,傍海馬回,海馬)や視床大脳基底核,小脳などの広範な部位が,満腹では腹内側あるいは後外側前頭皮質,下頭頂小葉などで血流増加がみられました。
渇きの刺激では帯状回,傍海馬回,島,視床扁桃核,中脳などで血流増加がみられました。とくに帯状回(Brodmannの32,24,31野)では,水を飲むと直ちに活動が消失したことから,渇きを意識することに重要なかかわりがあることが示唆されました。

P.112〜113


生理学の教科書では感覚系と運動系とは別々に記述されています。しかし感覚系と運動系が完全に分かれて機能しているわけではありません。

p.116


ものをつまむという一連の運動連鎖の遂行時には,触覚による対象の部分的あるいは全体的な認識(これは指の動きで生じる)が必要で,これがないと次に続く運動行為が不適切になってしまうのだと考えられます。つまり前頂葉例では,触認識の障害が,随伴症状ではなくむしろ拙劣化の理由そのものである可能性が高いのです。

P.138

第一体性感覚野(SⅠ)が運動にどう関与するのか古くは重要な問題でした。体性感覚野を電気刺激すると筋運動が発現します。しかし運動が誘発される刺激閾値は運動野より高く,これは運動野を介する間接的な効果ではないかと考えられました。一方運動野を除去しておいて,SⅠを刺激しても運動はみられることから,ここが運動野とともに運動発現にかかわるとの考えが古くからありました。たしかにSⅠから脊髄に投射がありますがその運動への役割はよく分かっていません。

p.140

SⅠは随意運動発現には必須ではないが,SⅠ刺激により運動野ニューロンに長期増強(long ―term potentiation:LTP)を発生させることが可能であることから,SⅠが運動の新しいスキルの獲得を促進するとの仮説があります。

P.141


補足運動野,運動前野は,運動の習得,あるいは外部の状況によってどういう運動をすべきか,あるいは内定な動機にもとづいて今どういう運動をすべきかというようなことを決める,判断する,そういう場所です。これにたいし運動野は,運動の強さとその方向,つまりスピードのコントロールをしています。ある運動を行うにあたり使う筋の組み合わせをどうするかといったこともここからの指令で決まる仕組みになっています。運動野,運動前野と補足運動野それぞれに感覚の情報が入ってきますが,手で物を操作するような時の体性感覚情報は,低次の運動野に直接入ると考えられます。
もっと上位の中枢,たとえば補足運動野や,その前の前補足運動野には主として視覚の情報が入るようです。このように感覚と運動の中枢は非常に密接に結びついている,それぞれに階層性があり,階層性の高いところ同士,低いところ同士が結びついています。もっとも随意運動も毎日のように繰り返して上手になり,慣れてしまうと,もう大脳皮質は使わないで,たとえば大脳基底核や小脳に情報が蓄えられて,ほとんど機械的にこれを行うというふうに置き換えられていくと考えられます。

P.142〜143


幼少時に視覚を失った人について,点字読みタスクあるいは点字ではない蝕識別テスト遂行中に,PETにより視覚野の活動を測定したところ,両側の一次,二次視覚野で血流量増加がみられました。

p.204


点字を読んでいる時,視覚イメージが浮かんだという説明はあたらないようです。なぜならこれらの大部分の被検者は早期に視覚を失っていますし,なかには先天盲の人も含まれていて,同じ結果が得られたからです。盲人の視覚野が体性感覚刺激で興奮するという報告はこのほかにもあります。

p.204〜205


盲人が点字を読む時に活動する脳部位を調べた報告があります。当然広範囲にわたっていますが,点字読みを習得した盲人では,晴眼者で視覚の形状識別に使われる腹側後頭領域(一次視覚野,紡錘状回などを含む)が点字読みその他の蝕識別に使われること,また晴眼者で活動する第二体性感覚野は活動しないことが指摘されています。

p.205


脊髄から視床への主要伝道路は2つあります。①後索―内側毛帯系(dorsal column‐medial lemniscal:DC‐LM),②前あるいは外側脊髄視床路(anterior or lateral spinothalamic tract:ST)です。このほかに外側頸髄核路―内側毛帯系(lateral cervical nuclei tract‐medial lemniscus system:LCNT)もありますが,ヒトでは目立ちません。体性感覚はこのほか,小脳核・脳幹網様体・前庭複合体やZ核などを介しても視床に到達します。

p.220〜222