萩原裕子:脳にいどむ言語学.岩波書店,1998

1.ことばの仕組み

 たとえば、英語の動詞の過去形をみてみよう。中学生のときを思い出してもらいたい。
a go‐went do−did be‐was
b sing−sang ring−rang spring−sprang
c walk−walked talk−talked want−wanted believe―believed
一般には、a、bが不規則動詞、cは規則動詞として知られている。a、bいずれも過去形が不規則変化しているもので、aを補充形、bを不規則とよぶ。Aの補充形は、現在形と過去形のペアでは類似性が何もないので、私たちは、単純語と同じようにgoとwentを一つずつ機械的に覚える(レキシコンに登録する)しかない。
 次に、bの不規則形をみてみると、現在形と過去形で何となく音が類似している。つまり「音のパターン」が似ている。この場合、格ペアが一組ずつ記憶されたとしても、音が類似したペア同士が、音のパターンによって記憶されている可能性があるかもしれない。つまり、sing‐sang、ring‐rang、spring−sprangが[iŋ‐æŋ]という音のパターンで、keep−kept、sleep−slept、sweep−sweptは[i:p−ept]という音のパターンで記憶されて、関係づけられていると考えることもできる。
 さてcの規則形はどうであろう。現在形は覚えなければならないが、過去形は語幹にただ-edをつければよい、という、完全に生産的で規則的な特徴をもっている。この場合、過去形は記憶される必要はなく、他の形がみあたらなかったら無条件で-edをつけよというようなデフォールトな規則が私たちの頭の中で働いているのかもしれない。
 1990年頃にこのようなことを考えたのは、アメリカの言語心理学スティーブン・ピンカーであった。彼は仮説を立てただけで、実際に証明したわけではないが、もしこのようなことが本当に起こっているのならば、単語の処理の仕方には、一通りではなく、いろいろなやり方があるということになる。
(p.38〜39)