酒井邦嘉:言語の脳科学.中央公論新社,2002

第12章「言語獲得の謎―言葉はどのようにして身につくか」

(p.283〜284)
 乳児は、六カ月までに母語の音声の特徴を認識できることが、アメリカの心理学者のクール(P.K.Kuhl)らによって明らかにされた。実験では、スウェーデン語、英語、日本語のいずれかを母語とする健聴児を対象として、母音の識別をテストした。このような実験に基づいて、クールは、次のような三段階からなる、「母語マグネット(Native Language Magnet,NLM)理論を提唱している。

【第一段階】生後間もない乳児は、初期状態の聴覚能力として、世界のさまざまな言語で用いられている普遍的な母音(十三種類)を区別して聞きわけられる。
【第二段階】生後六ヵ月頃の乳児は、特定の母音について、何十万もの例を聞いた結果として、母音に特化した識別能力を身につける。これは、あいまいな母音を聞いときに、記憶されたもっとも近い母音に引きつけられて認識される(マグネット効果)ためと考えられる。
【第三段階】生後十二ヵ月頃の乳児は、初期状態の識別能力を失って、母語に特化した識別だけが可能になる。これは、母音同士の協会がはっきり決まって、マグネット効果の及ぶ範囲が母音ごとに決まることを意味する。生後十二ヵ月頃で母語以外の言語音に対する識別能力を失うという事実は、カナダの心理学者のワーカー(J.F.Werker)らによって示されている。

 さらに、乳幼児に対するマザーリーズの母音は、大人に対する母音よりもさらに広い周波数成分を含むように誇張されていて、子どもの識別能力の発達に役立ったことが、クールらによる三ヶ国語の比較研究から明らかになっている。