アルコール

「アルコールが血液中に入りこむことによって中枢神経が麻痺させられ、この重要な伝達物質が抑制される。しかし脳は当然働かなくてはならない。だからその微かな伝達物質を受け取らなくてはならぬために、受容体は非常に敏感になる。状況に適応して行くわけだ。しかしこの繰り返しが何度も行われていると、受容体は常時過敏になってしまう。……一方、脳の中枢には麻痺していた間の行動や知覚の記憶が残っている。ただ、伝達物質が動いていないだけでね。大雨が降った昔の大井川のような状況だ。岸には人がどんどん溢れていくが、渡しがいない。駿河の宿には今すぐにでも川を渡りたい人が溢れ、遠江の宿にはそれを待ちわびる人垣がある。
 さて、そこで酒を止める。――雨が止む。と同時にありったけの人足を注ぎ込んだとしよう。柵を解き放たれた羊のように、伝達物質が飛び出すわけだ。当然、両岸パニックだな。……痙攣発作や、幻視、譫妄状態が引き起こされる。これが、離脱症候群――いわゆる禁断症状というわけだ」
(「QED百人一首の呪」高田崇史)